Shige's Photo Diaryに登場する曲を中心に音楽についての四方山話を綴ります


by shigepianoman2

カテゴリ:Classic( 1 )

こころの軌跡

フジ子・ヘミング こころの軌跡(CCCD)
フジ子・ヘミング / ビクターエンタテインメント



前回の記事では、日本のバンドが初登場ということでしたが、今度はクラシック初登場です!ますます、このブログ、収拾がつかなくなってきました。ジャズはどこいった?(笑)。

今日ご紹介するアルバムは、フジ子・へミングの「こころの軌跡」です。フジ子・へミングに興味はあったのですが、聴く機会がありませんでした。先日友人に薦められてこのアルバムを聴いてみました。さて、その感想は?今回は、多少は知っていますが、あえて彼女の生い立ちや音楽の背景などは調べずに、純粋に音楽としての感想を正直に書いています。一部だけですが、ファンの方には耳の痛いところもあるかもしれません。あらかじめご容赦ください。

クラシックの王道のピアノからすると、ちょっと違和感を感じる方が多いかもしれませんね。一曲目から、そんな印象です。ジャズピアノなどを多く聴いている僕にとっては、そのような違和感はありません。ちょっと人と違うなと思わせられて引き込まれます。たとえば、ラ・カンパネラは多くの方の演奏よりも遅めで重く、「ピアノの魔術師」といわれたリストの曲の演奏に期待される音ではないように思われます。それなのに、鍵盤を叩く指が、彼女の演奏する姿が、(僕は見たこともないのに)心に迫ってきます。一音一音に色があって、鍵盤に込められた彼女の心そのままに変化するようにも思えます。なんだろうこの人は。一体どんな人生を歩んだのだろう?愛の夢などでは思わず目頭が熱くなることもありました。なんだろう、この人のこの強い思いは?

ただし、テクニックという点からはちょっと拍子抜けした部分もあります。せっかく彼女の魂のうねりに心地よくのみこまれようとしている時に、音の荒さに気をそらされることも何度かありました。ここで音がほしいという時に、音が消えてしまうこともしばしば。彼女の演奏は曲と時宜を選びそうです。あまりに強く込められた心の重さが窮屈な時もあるでしょうし、感情だけが上滑りしてしまうこともあるでしょうね。テクニック偏重はいけませんが、テクニックを背景にさりげなく抑えた心のひだをのぞかせる、そんな演奏の方がいいと思う時もまた多いでしょう。彼女の若い頃の演奏はどうだったのでしょうか?聴いてみたくなりました。

そうはいっても、彼女の演奏が気に入ってしまったことに変わりはありません。ここが音楽の不思議なところですね。

さて、ここで他の人の演奏を聴いてみよっと。ちょいと手元にあるCDを出してっと。とりあえず見つかった三人を・・・
サンソン・フランソワ(すいません、また特徴のある人で)
う~ん、やっぱりいいなあ。音のひとつひとつに彼の特徴がこめられている。この個性(色気?)は捨てがたいな。酔っ払っているのではないかと思われるようなリズムのゆれもくせになってまたいいし。時として自分の世界に飛んでいって、聴くものを置き去りにするようなところもありますが、まさに官能的という言葉が合いそうな演奏です。ピアノを最初に習う時には彼はよくないかも(笑)。

ウラディーミル・アシュケナージ
やっぱり王道、そして模範的、安心して聴ける。真面目な人なんだろうなあ。一つ一つの曲を、しっかりと、誠心誠意弾いているように思います。

エフゲニー・キーシン
この人も、まさに王道。技巧に裏づけされた大胆、かつダイナミックな演奏は、その曲の解釈に対する絶対的な自信に満ち溢れているかのようです。「僕は今いい音楽を聴いている」という純粋な幸福感があります。天才なんでしょうね。彼のピアノを聴いていると、フジ子・へミングとはまた次元の違う感動があります。

息子にはどれを薦めようかな?
まずはアシュケナージでこういうものだって教えて、その後にキーシンかな。でも、ちょっと人生に疲れた時とかにふとフジ子・へミングを聴いてみても悪くないよ。そうそう、恋をして、別れて、人の死を知って・・・そうしたら聴いていいよ、ビル・エバンス(爆)。

さあ、ここまできて、音楽というものが、またわからなくなってしまいました。フジ子・へミングの「こころの軌跡」はクラシックを聴き込んでいる方も、あまり聴いていない方も、一度は聴いてみるべきアルバムです。そして、心の先に広がる音-音楽というものの本質が何なのか、じっくり考えてみてください。
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by shigepianoman2 | 2008-02-02 22:25 | Classic