Shige's Photo Diaryに登場する曲を中心に音楽についての四方山話を綴ります


by shigepianoman2

カテゴリ:Rock( 74 )

We Don't Talk Anymore

The 50th Anniversary Album

Cliff Richard / EMD Int'l



「さていつものようにiPodで音楽を聴いていると」・・・なんて始まる記事が多いですよね。僕のiPodには一体何曲入っているでしょう?自分でも憶えていないのでチェックしてみると、4725曲でした。ジャズ、ロック、ポップス、R&Bだけでなく、クラシックなども入っています。こんなに入れといて全部聴いているんだろうか(笑)。

今日はクリフ・リチャードをご紹介しましょう。「イギリスのプレスリー」とも言われた人気ヴォーカリストです。1940年生まれということはジョン・レノンと同じ年ですね。ビートルズ時代が到来する前の1950年代末から60年代初めにかけてイギリスのポップミュージックシーンを席巻していました。70年代は少し活動が落ち着いていましたが、79年にWe Don't Talk Anymore(恋はこれっきり)が大ヒット、再び返り咲きました。当時、よくラジオで流れてましたね。イントロのシンセとペダルベースが印象的です。たしか高校の頃ですが、僕もこの曲は大好きでした。深夜放送など聴きながらかかってくるのを待っていたものです。しかし、この曲のリリースが79年ってことは彼はもう40前。いわゆるアラフォー(笑)。それなのにこの甘い声とエネルギーはなんでしょうね。彼はその後も活躍を続け、95年には英国女王からナイトの称号を送られています。Wikipediaに「クリフ・リチャード栄光の50年」とありましたが、素晴らしいことです。


人生は楽しいと思っていたのに
僕らの仲は完璧と思っていたのに
信じられないよ、君は投げ出してしまうのかい

なんて歌詞で始まる、恋が冷めてしまった男女の歌です。実は↓の「歌詞を訳すということは・・・2」の記事に出てくるのはこの歌の一部です。

Well it seems a long time ago you were the lonely one
Now it comes to letting go you are the only one
「君がひとりだったのは、もうずっと昔のことのようだね。君が去る今となっては、僕にとってかけがえのない人だよ」

サビの部分は・・・
おかしいよね、僕たちは話もしなくなった
おかしいよね、どうしてそうなったんだろう
それなのに眠れるし、羊を数えることもない

YouTubeの動画です。懐かしいなあ・・・ほんと懐かしい。ホットミルクに蜂蜜とナツメグ入れてっと・・・



さて、またまた恒例の英語解釈です。
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by shigepianoman2 | 2009-07-11 22:27 | Rock

Definitive Collection

Eric Carmen / Arista



今日の記事は199件目、200記事まであとひとつです。金曜~日曜あたりにアップとなりそうです(うまくいけば・・・)。

今日はエリック・カルメンの最大のヒット曲、All by myselfをご紹介します。

エリック・カルメンは70年代~80年代に活躍したアメリカのロック・ボーカリストです。その甘いマスクと歌声に魅了された方も多いかと思います。幼少の頃から音楽に親しみ、3歳になった時すでにクリーブランド研究所に登録されたというから驚きです。小学生の頃にはもう自分で曲を書いていました。そんな彼がビートルズやストーンズに影響され、ロックに目覚めバンドを結成したのが、高校生の時でした。大学に入るとラズベリーズを結成、ボーカリストとしてメジャーデビューを果たしました。ラズベリーズは1974年には解散、エリックはソロボーカリストとして活躍しはじめ、Never gonna fallin' love again、Change of Heart、That's rocck'n roll、Boats against the currentなどのヒットをとばします。彼は作曲家としても才能を発揮しました。映画「フット・ルース」にAlmost Paradise、「ダーティダンシング」にHungry eyes、Make me lose controlなどを提供しています。

All by myselfはエリックのソロ転向後の第1弾シングルとなったバラードで、彼の代表作です。1975年にシングルカットされ、1976年に全米最高位2位を記録しました。エリック自身が、自分の作品の中で最もいいメロディーを持った曲のひとつとして選んでいるほど美しい旋律の曲です。セリーヌ・ディオンなどもカバーしていますね。曲の途中でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第2楽章の一部が挿入されており、7分以上におよぶ大作となっています。歌詞はいたってシンプル。その分、余計に心に訴えるものがあります。


若い頃は誰も必要じゃなかった
人と愛し合うこともただの遊びだった
そんな日々は終わった

一人でいると
友達のことを思い出す
でも電話しても
誰もでないんだ

ひとりでいたくない
さみしいのはいやだ
孤独でいたくない
もうさみしいのはいやだ

心は穏やかではいられず
時々不安にかられる
愛はもはや遠くにかすんでいるけど
まだ僕を救ってくれるだろうか


歌の内容はちょっと暗いですが、でもエリック・カルメンってすっごくもてたんじゃなかったかな。かつて、インタビューで趣味はと聞かれて、「女の子」って答えているし(笑)。

YouTubeの映像です。



さて、恒例の和訳解説ですが・・・
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by shigepianoman2 | 2009-06-04 09:10 | Rock

Oh Pretty Woman

オー・プリティー・ウーマン

ロイ・オービソン / EMIミュージック・ジャパン



いつものようにiPodを聴いていたら、ひさびさにこの曲がかかってきました。ロイ・オービソンのOh Pretty Womanです。60年代なんだけど、まあいっかあということで今日はこの曲の記事をアップします。

ロイ・オービソンはアメリカの歌手。伸びやかな歌声とロカビリー調の曲で1960年代に成功をおさめました。特に1964年にリリースされたこの曲は全米・全英チャートでともに1位を獲得し、全世界で400万枚のセールスを記録しました。ロイはデビューから32年後の1987年にロックの殿堂入りを果たしています。

この曲はリチャード・ギア、ジュリア・ロバーツ主演の映画「プリティ・ウーマン」の主題歌にも採用されました。この映画、大人のロマンティックなおとぎ話として当時大ヒットしましたね。僕も何度か見ました。単純明快で、何も考えずに楽しめるアメリカ映画です。ヴァン・ヘイレンのハードなカバーバージョンもありましたね。たしか、このカバーも大ヒットしました。

ロイ・オービソンはビートルズとも関わりがありました。1963年に、まだデビューしたてで人気の出てきた頃のビートルズとのジョイント・ツアーを行いました。1988年にはジョージ・ハリスンとジェフ・リンによって結成されたスーパーバンド、トラベリング・ウィルベリーズにボブ・ディラン、トム・ペティとともに参加しています。ウィルベリーズのアルバム「トラベリング・ウィルベリーズ ヴォリューム・ワン」は全米のビルボードのアルバムチャートでトップ10以内にランクインしています。しかしながら1988年12月6日、心筋梗塞のため急逝。その突然の訃報は世界に衝撃を与えました。


「いかした」娘(こ)が歩いてるぜ
こんな娘にあいたかったんだ
とびっきりきれいだよ
君は最高さ

許してくれ
どうしても見てしまうよ
もう最高さ
君もフリーだといいな


すごいかわいい子に出会って、こいつ妄想してるなって感じの歌です(笑)。この後の歌詞なんてまじめに訳すと恥ずかしくなってきますよ。というわけでこのくらいにしておきます。簡単な英語なのでみなさんどうぞ。

YouTubeでのライブ画像です。なんと渋くモノクロ。

HQのボタンがでないことがあるようです。画面をクリックするか、右クリックでwatch on YouTubeを選ぶかしてYouTubeのページ内で見るといいようです。その後、表示されているHQボタンをクリックすると高画質高音質となります。




ついでにヴァン・ヘイレンのもアップしておきます。すげえ~アメリカン(笑)。



さていつもの和訳解説ですが・・・
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by shigepianoman2 | 2009-05-31 17:13 | Rock

Crazy Love

Legend

Poco / MCA



70年代、80年代のポップス&ロックを続けましょう。

僕が高校のころだったかな。ある時、FMを聞いていると、さわやかなコーラスがとても印象的な曲が流れてきました。美しいけど物悲しいそのメロディが気に入ったのですが、その頃はすぐにレコードが買えるような状況でもなかったし、そのうち忘れてしまいました。ただグループ名と曲名だけは憶えていました。数年前にiTune Storeができたころ、ポップスのジャンルの曲を手当たりしだい試聴していると・・・なんとこの曲があるではありませんか!早速購入、ダウンロードしました。

そんなわけで今日はPOCOです。POCOは1970年代から現在にいたるまで活躍しているアメリカのカントリーロックグループ。その代表作がこのCrazy Loveです。この曲はビルボードのAdult Contemporary chartで1位を獲得するヒットとなりました。


今日、僕は彼女と別れるよ
君はそのまま待っていてくれよ
これからは僕は色あせた記憶には
しばられないつもりだ

彼女とのことは乗り越えたから
いつかは傷ついた心も癒えるだろう
でも彼女の名を聞くと
やっぱり涙してしまうだろうね

いつものことさ、僕のバカな恋なんて
僕の心を覆いつくして
それを解き放すこともできないんだ

ああ、なんてバカな恋なんだろうね

YouTubeの映像です。最近のライブのようですが、さわやかな声は変わりませんね。しんみり聴いてしまいます。ぜひHQで聴いてください。再生ボタンをクリックしたあとで、HQの文字のところをクリックすると赤に変わります。HQのボタンがでないことがあるようです。画面をクリックするか、右クリックでwatch on YouTubeを選ぶかしてYouTubeのページ内で見るといいようです。その後、表示されているHQボタンをクリックすると高画質高音質となります。


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by shigepianoman2 | 2009-05-30 00:44 | Rock

If You Leave Me Now

Chicago X

Chicago / ZYX



今日はシカゴの1976年の大ヒット曲、If You Leave Me Now(愛ある別れ)をご紹介します。デビュー以来7年目にしてはじめて獲得したNo.1ソングです。デビッド・フォスターが参加してAOR色が強くなる前のシカゴの代表曲でもあります。初期にはバリバリのブラス・ロックグループだったシカゴもこのあたりにくるとかなり変化し、甘く切ないバラードをうたうピーター・セテラのボーカルが前面に出るようになってきました。この曲がきっかけになって、AOR路線への転換、そして後のピーター・セテラの脱退に至ったと考えてもいいでしょう。


もし君が去っていったら
僕にはもう何も残らないよ 
だから行かないで

もし君がいなくなってしまったら
僕はもう抜け殻になってしまうよ 
だから行かないで
いっしょにいてほしいんだ

僕らのような関係はめったにないことさ
どうして終わらせてしまえるんだ
ここまできたんだから過去のものになんてできないよ 
どうしてこんな風に終わらせることができるんだ

明日になったら僕たち二人とも後悔するよ
なんてこと言ってしまったんだろうって


Hard to say I'm sorryもそうですが、こういうのってピーター・セテラの好みなんでしょうか。どうも情けない未練たっぷりの男に見えてしまうのですが(笑)。まあ、自分の昔のことは置いといてね・・・

YouTubeの動画です



さてまたまた歌詞の和訳についての、特に※の部分のミニ解説です。
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by shigepianoman2 | 2009-01-28 21:11 | Rock

Hard to Say I'm Sorry

Chicago 16

Chicago / Rhino / Wea



さて、今日は80年代にタイムトリップ、シカゴのHard to Say I'm Sorryをご紹介しましょう。シカゴ(Chicago)は、アメリカのロックバンド。ロックにブラスを取り入れた構成のバンドでブラス・ロックとも呼ばれました。1976年には美しいバラード、If You Leave Me Now(愛ある別れ)が全米No.1になりました。いろいろとごたごたがありましたが、1980年代に入ってデビッド・フォスターをプロデューサーに迎えて復活しました。復活後の最初の大ヒット曲がHard to Say I'm Sorry(素直になれなくて)、1982年の年間10位を記録しています。ピーター・セテラの美しいハイトーンボイスはファンの方も多いのではないでしょうか。収録アルバムはChicago 16ですが、デビッド・フォスター色が強く、TOTOのメンバーやビル・チャップリンが参加していることなどから、このアルバムはブラス・ロックというよりはAORに近いものとなっています。


「お互いに距離を置くときがあってもいいのよ」
彼女はそういったんだ
「恋人同志でも、たまには遠く離れる休日が必要なのよ」 
君には僕のそばにいてほしいよ 
ごめんってなかなかいえないけど
君にいてほしいだけなんだ

お互いつらかったけど 
これからは以前の僕とは変わるよ、約束する 

いろんな思い出があるから 
君はもう離れられない僕の一部なんだ

君から1日だって離れていられないよ
吹き飛ばされて愛した人と離れたくないよ

君には僕のそばにいてほしいよ
ごめんってなかなかいえないけど
君にいてほしいだけなんだ

君には僕のそばにいてほしいよ
君にごめんっていえないんだけど
君はかけがいのない人なんだから 


距離を取りたい女性と未練がましく自分の近くにとどめようとする男性。よくある話ですが、ピーター・セテラに切々と歌われると、なぜか遠くを見てしまいます。そうそう、シカゴには名曲がいっぱい。もう一曲はご紹介したいですね。今日、なぜシカゴにしたかって?実は最近デビッド・フォスターのクールなDVDを見つけて、その中に収録されていたからなんですよ。このDVDについても、いつかご紹介したいですね。

YouTubeのライブ映像です



さて、今日は結構意訳しているので(※印)、解説しましょう。こちらをク リックしてください。
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by shigepianoman2 | 2009-01-27 22:42 | Rock

Change the World

チェンジ・ザ・ワールド

エリック・クラプトン / ダブリューイーエー・ジャパン



ビートルズ特集を続けてましたが、なんとなく気が乗らなくて・・・ビートルズとなると気合が入ってしまって、結構なエネルギーを使ってたんでしょうね(笑)。ちょっとエネルギー回復まで懐かしい70年代、80年代、90年代のポップス特集にさせてくださいm(__)m

さて、オバマ大統領が誕生しましたが、オバマ大統領といえばChange!。そこで無理やりですが、今日はクラプトンのChange the Worldにします(笑)。この曲はジョン・トラボルタ主演の映画「フェノミナン」の挿入歌です。もともとはGordon Kennedy、Wayne Kirkpatrick、Tommy Simsによって作られたカントリー曲で、Wynonna Juddが歌いヒットしましたが、クラプトンがカバーし、この映画に提供しました。大ヒットし、1997年にソング・オブ・ジ・イヤーなど4部門でグラミー賞を受賞しました。シンプルな曲ですが、クラプトンが歌うと渋くて、心にぐっときますね。


もし星に手が届くなら
君のために1つ取ってこよう
僕の本当の気持ちがわかるように
その星を僕の心で輝かせるよ
心に秘めた愛で僕はいっぱいだ
でも今のところはただ夢見てるだけさ

僕は世界を変える事ができる
君の世界の太陽になるだろう
君は僕の愛がすばらしいものだと思ってくれるかも
もし僕が世界を変える事ができるならね


エリック・クラプトンはご存知ですね。ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと共に、3大ギタリストと呼ばれていました。 ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」にて第4位に選ばれています。「スローハンド」が彼のニックネームであることも有名ですね。僕の学生時代にはクラプトンを尊敬し、真似るギタリストがたくさんいました。ギターのヘッドに穴をあけてタバコをさしてたなんて方は多いのではないでしょうか。

YouTubeのライブ映像です。これは渋いですよ!



さて、しばらくはこんな感じで行きますね。
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by shigepianoman2 | 2009-01-23 21:57 | Rock

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band

The Beatles / Capitol



さてビートルズシリーズを続けましょう。今日はサージェントの4記事目です。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ(A Day in the Life)」は、テーマ曲のリプライズに続く同アルバムの最終収録曲であることから、アンコール曲と思われます。作詞・作曲は、最初と最後のテーマ部分がジョン・レノン、中間部がポール・マッカートニーですが、ジョンが書き始めて続きを書けなくて悩んでいたところをポールの別の曲をくっつけて完成させたといわれています。構成、ドラミング、ストリングスアレンジなどユニークな魅力がたっぷりの曲ですが、その中でも中間と最後のオーケストラの部分が特にユニークです。それぞれの楽器全員に自分の楽器の一番低い音から一番高い音まで好きなように好きなテンポで演奏させ、最後だけ音を合わせたもので、ポールのアイディアに基づいてジョージ・マーティンがアレンジしたようです。ポールとジョンの不仲はこのころからあったと思いますが、二人の天才が協力して作ったこの曲は屈指の名曲となりました。カナダのラジオ局CBCで2004年に放送された「50 Tracks」で、ビートルズの曲としては「イン・マイ・ライフ」に次ぐ12位に選出されています。

この曲にはいろいろなエピソードがあります。ジョン・レノンはデイリーメール紙に掲載された二つの記事に心をひかれましたが、そのことが作曲のきっかけとなりました。それはギネスの遺産を相続したタラ・ブラウンがロンドン、サウス・ケンジントンのラドクリフ・スクエアでロータス・エランを運転中に駐車中のトラック後部に追突して死亡した記事と、ランカシャー州ブラックバーンの通りに空いた4000の穴を舗装し直すという記事でした。歌詞にこの4000の穴という部分がありますが、麻薬を連想させるとして、BBCで放送禁止となっています *注。また意図は不明ですが、ア・デイ・イン・ザ・ライフの終了後、人間には聞こえない20KHzの音に続いて笑い声や意味不明なおしゃべりのような音が収録されています。いわゆるサイケデリックソングでその歌詞には理解しがたい部分もあります。


今日、ニュースを読んだ
成功した幸運な男の話だった
どちらかというと悲しい話だったけれど
どういうわけか面白く感じたんだ
僕は笑わずには居られなかった
そう写真を見たときにね

彼は運転中に心がどこかにいっていて
信号が変わったのに気がつかなかった
人々は立ち止まって眺めていた
彼の顔は見たことはあるけれど
彼が貴族の出であるってことは
誰も自信をもって言えなかった

今日、映画を見たんだ
英国軍が勝利をおさめた映像だった **注
人々は顔をそむけたけど
僕は原作を読んでいたので
一応見たんだ

そう、僕は君をイカせたい ***注

目を覚ましてベッドから出た
髪をとき一階に降りてコーヒーを飲み干した
見上げると遅刻していることに気が付いた
コートと帽子をつかんで
ぎりぎりのところでバスに飛び乗り上の階で一服した
誰かが話していたけど、僕は夢の中に入ってしまった

今日、ニュースを読んだ
ランカシャーのブラックバーンの4000の穴の話だった *注
どちらかというと穴は小さかったけれど
彼らはすべて数えないではいられなかった
いまや彼らはアルバートホールを埋めるのに何個の穴が必要かわかっている

そう、僕は君をイカせたい ***注


今聴いても不思議な魅力にあふれる曲ですね。これが40年前とは思えません。

YouTubeの映像です



さて、この後はビートルズシリーズを続けますが、後半はいい歌が多いため、ビートルズがずっと続くことになってしまいます(笑)。そこで、ビートルズの記事と他のミュージシャンの記事を交代でアップしようかと思ってます。

*hole:麻薬注射をした跡(穴)のことです。
**ジョンが主演した映画「How I Won The War」のことだと思われます。
***turn you on:俗語で「麻薬で恍惚とさせる」「性的に興奮させる」の意味があります。おそらくここでは前者の意味だと思われます。両方の意味を持たせ、意図的に「下品に」訳してみました。
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by shigepianoman2 | 2009-01-17 21:43 | Rock

Happy Xmas (War Is Over)

Happy Xmas (War Is Over)

John Lennon/Parlophone



さて、今日はクリスマスイブ。ちょうどビートルズ特集中(かなり間があいてしまいましたが)ですので、ジョン・レノンのHappy Christmas (War Is Over) をご紹介しましょう。

Happy Christmas、Kyoko
Happy Christmas、Julian

そんなセリフで始まるHappy Christmas (War Is Over)はジョンの代表曲です。今なお人気は衰えず、この時期には各所で耳にすることができます。もはやクリスマスの定番曲のひとつになりましたね。この曲はクリスマスソングとしてだけではなく、反戦歌としても有名です。当時のベトナム戦争のことを歌っているのでしょう。

歌の最初に、当時のそれぞれの娘、息子に「クリスマス、おめでとう!」と声をかけていますが、前妻、前夫との離婚のために、どちらの子供もジョンとヨーコの元にいなかったというのは皮肉です。娘のキョウコ・チャン・コックス、息子のジュリアン・レノンのどちらもミュージシャンになっているということも、同様に運命を感じざるを得ません。

発表がクリスマスシーズン前だったためか、リリースされた時にはなぜかヒットせず、翌年改めて発売されて全英4位を記録したという逸話も残っています。ジョンの死後には、再びヒットし、全英2位を記録しました。


さあ、今日はクリスマスだ
でも君は何をしてしまったんだ
一年が終わり、新しい年が始まるというのに

さあ、クリスマスだ
楽しんでるかい?
近い人も、大切な人も
年取った人も、若い人も

メリークリスマス
そして新年おめでとう!
来年が恐怖のないいい年であるといいね

さあ、クリスマスだ
弱い人も、強い人も
金持ちも、貧しい人も
まだまだ道のりは長いんだ

だからクリスマスを祝おうよ
黒人も、白人も
黄色い人も、赤い人も
もう争いはやめようよ

戦争は終わりさ、君がそう望むなら・・・


歌詞はとても平易ですので、ぜひ聞き取ってみてください。

しかし、この曲を聴くとどうしても涙腺がゆるんできます。シンプルで美しいメロディ、そして優しいけれど迫ってくるような切ないジョンの声、子供たちのコーラス・・・でも不思議なことに、悲しいけれど心が温かくもなります。今年は心が痛くなるような事件がたくさん起こりました。こんなことばかり起こると、心を閉じるか、鈍磨させないと、人の心がどんどんすさんでいきそうです。時にはこの曲を聴いて、心を開放して、繊細さ、感受性を取り戻したくなります。

YouTubeの動画を置いておきます。前半はジョンのインタビューです。後半(6:08あたりから)は目を覆いたくなるような映像ですが・・・これが現実です。



翻訳について・・・
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by shigepianoman2 | 2008-12-24 23:01 | Rock

Watchng The Wheels

Double Fantasy

John LennonCapitol




今日はジョンの命日です。その特別な日に何をご紹介しようかと迷ったのですが、これにしました。Watching The Wheelsです。ジョンは、1975年10月9日に息子ショーン・レノンが生まれると、1980年まで、一切音楽活動をせずに主夫としての生活を送っていました。この曲はそんなジョンの生活を説明するような歌です。


みんな僕のしてることをみて、僕のことを頭がおかしいっていうんだ
僕にそんなことしてると破滅だよってアドバイスもしてくれるんだ
大丈夫だよって僕が言うと、みんなおかしな顔つきになるんだ
そんなことない、君は幸せじゃないはずだよっていうんだ

僕はここに座り、回る車輪を眺めているだけ
こうしているのが好きなんだ
メリーゴーランドからはもう降りたんだ
あとは君たちで勝手にやってくれ


ジョン・レノンは1940年10月9日、第二次世界大戦のナチス・ドイツによる空襲下に置かれたリバプールで誕生しました。出生時、父は航海中で不在、母のジュリアも他の男性と同棲していたため、ジュリアの姉のミミ夫婦に育てられていました。この後、母に引き取られたのですが、結局母親と暮らすことはできず、再度ミミ夫婦のもとに預けられることになりました。さらに、父親も行方がわからなくなってしまいました。悲劇はそれだけではありません。1958年には母は非番の警察官が飲酒運転する車にはねられて死亡してしまいます。ジュリアの死は、ジョンの後の歌に大きな影響を与え、のちに「Mother」や「My Mammy's Dead」でその苦しい心の内側を歌うことになります(過去記事はこちら)。ジョンの年上の女性への憧れは、こういった孤独な少年期の影響からなんでしょうね。そういえばポールも14歳の時に母を乳癌で亡くしています。そんなことがきっかけでポールとの友情が芽生えたのでしょうか。ポールの最愛の妻リンダが乳癌で亡くなったことは皮肉としかいいようがありませんね。

ジョンは親からの愛情を受けたことがありません。そのためか、最初の妻のシンシアとの間の息子ジュリアンに対しても、どうやって自分の愛情を示したらいいのかわからず、ポールに相談したこともあったようです。シンシアとはけんかの毎日、そんな中でジュリアンを励ますためにポールが作った歌がHey Judeでした。やがてシンシアと離婚、ジョンはヨーコと結婚することになりました。

彼はもう失敗したくなかったんでしょうね。ショーンが生まれた時、音楽活動を捨て、主夫となってショーンにすべての愛情を注ぎました。そんな経緯を知ると、この曲のほんとうの意味がわかってきます。ジョンの曲はどれも好きですが、そんななかでもこの曲は特に好きです。

YouTubeの動画を置いておきます。父としてのジョンの姿を見ることができます。



今日はぜひジョンのためにグラスを傾けてください。自分の大切な人を想いながら。
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by shigepianoman2 | 2008-12-08 23:55 | Rock